魂のコーチング 田中伸一 アクシスエボリューション Axis evolution

■ 田中伸一のインタビュー動画
アクシスエボリューション代表
田中伸一のルーツとメッセージ

2019/04/29出版について

「はじめに」

こんにちは。

“魂に寄りそうコーチング”アクシスエボリューション田中伸一です。

 

2019年2月、ブックオリティ出版ゼミ で編集者への出版プレゼン用に書いた「はじめに」のサンプル原稿を紹介させていただきます。

短い原稿ですが、何かを感じていただければ幸いです。

 

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初めて息子に手紙を書いた。

 

彰悟へ

 

二十歳、成人おめでとう。

この二十年間、彰悟のお陰でたくさんのことを学び、親として色んな経験をさせてもらいました。本当にありがとう。

赤ちゃんの頃から何度も手術を受け、苦しい闘病生活を送り、声が出せず思い通りにならないことも沢山あったと思うけど、それを受け入れ、耐えている姿は、ただただ尊敬するのみです。

できないことではなく、今、自分にできることに意識を向け、楽しんで生きている姿も、素晴らしいと思います。

そして、彰悟といるといつも優しい気持ちになれます。彰悟がいるだけで、お父さんや家族みんな、周りの人たちの「愛」を引き出してくれます。

お父さんが、こうして幸せでいられるのは彰悟のお陰です。ありがとう。

これからもどうぞよろしくお願いします。

 

二〇一七年一月十一日

お父さんより

 

 息子は文字も読めないし、言葉もわからない。でも、この想いはきっと伝わっていると思う。息子が通っている障がい者福祉施設に、たまに私が迎えに行くと、施設の職員さんが「彰悟くんの大好きなお父さんが来たよー」って息子に伝えてくれる。この手紙は、その福祉施設の成人式で、親が成人を迎える子どもに手紙を渡す場面があり、そのために書いたものだ。

 この数カ月前に、少しショックなことがあった。成人になる息子の障がい者判定のため、医師が書いた診断書のコメントを見た時だ。

《最重度の知的障害。会話は成立しない。処方はない。日常生活活動能力は著しく低く、労働能力はない。不変と判断する》

息子のことをバカにされた気がした。銀行員で頭でっかちだった私が、転職・独立し、研修講師やコーチとして、好きな仕事を楽しみながらできるようになったのは、息子がいたからだし、生きる喜びを教えてくれたのも、人生観が変わったのも息子のお陰だ。その息子のことをこんな風に書くなんてひどい。この医師は何もわかっていない。でも、少し時間を置いて落ち着いて考えてみると、確かに書かれている通りだ。世の中のほとんどの人にもそう見えるだろう。この診断書があるので、息子が障がい者として認定を受け、障がい者手当や介護サービス、障がい者割引などいろんな福祉サービスを受けられる。同じ息子のことを書いても、立場や見方によって、こんなにも変わる。

 

息子が生まれた日、病院に駆けつけると、お医者さんから「ダウン症の可能性があります」と告げられ、不安で胸がいっぱいになった。この子は、普通に生活できるのだろうか? 学校に行けるのだろうか? 友達はできるのだろうか? 就職して働くことはできるのだろうか? 恋愛や結婚はできるのだろうか?

三カ月後。息子が突然咽びだし、肋骨が折れるんじゃないかと思うくらい限界まで胸を上下に動かす。「息ができない、助けてー」、息子の叫び声が聞こえてくるようだった。焦りと不安のパニック状態で、命の危険を感じながら病院へ。気管軟化症という気管が軟らかすぎる病気で気道が塞がり窒息状態。気道確保のために口から肺まで管を押し入れる。その後、気管切開。首の下の方の気道に穴を開け、肺まで空気が通り、呼吸できるようにするための手術を行う。「口から呼吸できるようになるんですか? 声は出せるようになるんですか?」と医師に聞くと、「成長して体が大きくなれば、気道もしっかりしてきて気管切開も閉じ、声も出せるようになりますよ」と言われた。その言葉に救われた。

 

「もし何でも願い事が叶うなら、どんなことができたらいい?」。独立して三年、仕事も順調に行き始めた頃、妻に聞いてみた。妻の願いは「彰悟と話ができるようになったらいいな」。息子への愛のこもった言葉だ。私も同じ思いだった。息子は十五歳になり、何度も手術を受けてきたが、医師からは「気道が完全に塞がり、気管切開を閉じるのは難しい」と言われていた。それからしばらく妻の言葉が頭に残り、自分にできることはないか考えた。そうだ! 話ができなくても、自分が息子の気持ちを理解できる人になればいいんだ。実際に人の気持ちを感じることができる人、動物と会話できる人もいる。

私が息子と一番ゆっくり向き合えるのは、一緒にお風呂に入っている時だ。息子はお風呂で遊ぶのが大好きだ。湯船に浸かりながら、半透明のプリンカップにお湯を入れ、また別のカップに注ぐ。3つのカップの中をお湯が行ったり来たりしている。楽しそうな息子の姿を見ると幸せな気持ちになる。私がお風呂から上がってもしばらく遊んでいる。私は体を拭き、ドライヤーで髪を乾かした後、息子がお風呂から上がるのを待っている。息子は浴槽の中、私は洗い場で息子と同じ目線になるようにしゃがんだ。息子が何を思っているのか感じようとした。目を閉じ、意識を澄ましながら……。「お風呂遊び楽しいな。でも、お父さんが待っているんで、そろそろ上がろうかな」、息子の思いが聞こえてくるような気がした。息子が上がるのならと、私も立ち上がった。目を開けると同時に息子も立ち上がった。息子が本当にそう思っていたのかも! 息子の気持ちがほんの少しだが、わかったような気がした。うれしかった。

別の日のこと。息子がお風呂から上がり、バスタオルで息子の体や頭を拭いていた。すると、息子が急に抵抗し始めた。頭を拭いているバスタオルや私の手を跳ねのけようとする。「えっ、何で?」。昔の私だったら、「嫌がらずに、ちょっと我慢してね」という感じで、抵抗する息子の頭を拭いていた。でも、息子と過ごす中で、気づいたことがある。息子は私の心を映し出してくれている。私に何かを気づかせようとしている。そう思って抵抗する息子の姿を見ると、自分の心が見えてきた。私は早く別のことをしようと思って、ササッと雑に息子の頭を拭いていた。急いでいた。焦っていた。それに気づいた私は「ごめんね」と言って、ゆっくりと優しく息子の頭を拭きはじめた。すると、息子がニコッとかわいい笑顔で私を見上げてくれた。「お父さん、気づいたんだね。そうだよ。ありがとう」って言っている気がした。

 

息子が何を思い、何を感じているかは、今の私には本当のところはわからない。でも、わかろうとすることの大切さには気づいた。それは言葉だけではなく、息子が私の子として生まれてきた理由についても、人生に起きる試練や生きる意味についても。これから、私が息子と過ごしてきた人生で学んだことを話そうと思う。すべては順調にいっているということも。

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